はじめに
こんにちは。精神科医ブロガーのやっくん(@mirai_mental)です。
この記事では、遅発性ジスキネジアの治療薬として発売されたバルベナジン(ジスバル®︎)の作用機序について解説していきます。
遅発性ジスキネジアとは
遅発性ジスキネジアとは、主にドパミンD2受容体遮断作用を持つ抗精神病薬を長期間用いることで発症する不随意運動のことです。
米国精神医学会の診断基準DSM-5では、「神経遮断薬の少なくとも2〜3カ月以上の使用に関連して発現するアテトーゼ様、または舞踏病様の不随意運動(少なくとも2〜3週持続する)」と定義されています。
こうしたジスキネジアは抗精神病薬の使用で起こる副作用の一つですが、この遅発性ジスキネジアは字義通り、遅れて発症することが特徴的です。
このジスキネジアは口唇をすぼめたり舌を突き出したりするといった顔面の運動の他に、四肢や体幹などにも生じることがあります。
遅発性ジスキネジアの病態
遅発性ジスキネジア自体の報告は抗精神病薬が登場した早期から報告されていましたが、その病態について正確なところは十分わかっていませんでした。
近年では、遅発性ジスキネジアの病態については、「ドパミン受容体のアップレギュレーション」というものが関与しているのではないかと言われています。
人間の運動は、大脳から皮質に投射する錐体路(皮質脊髄路)と呼ばれる経路の他に、錐体外路と総称される精緻な調節機構によって成り立っています。
抗精神病薬は、中脳辺縁系という神経回路のドパミンD2受容体をブロックすることで統合失調症の症状改善をきたすと考えられていますが、この薬剤が黒質線条体路と呼ばれる経路のドパミンもブロックしてしまいます。
錐体外路系は、運動の量がが過剰になりすぎず、かといって不足しないように、微妙な調節をしているのですが、運動の調節に関わっているこの経路をブロックしてしまうことで、抗精神病薬はパーキンソニズム(無動・固縮など)といった錐体外路症状をきたしてしまいます。
(運動にブレーキがかかりすぎる状態)
遅発性ジスキネジアは、長期間こうしたドパミン受容体がブロックされることでドパミンを受け取る側(後シナプス)の受容体が増え(アップレギュレーション)、過敏な状態になってしまうことで起こると言われています。
(運動のブレーキが効かずに勝手に動いてしまう状態)
ジスバルの作用機序
ジスバル®︎(バルベナジン)は、2022年に日本でも薬価収載された新薬で、遅発性ジスキネジアに保険適応をもつ薬剤です。
同薬を発売している田辺三菱製薬のHPには、ジスバルの作用機序について「神経終末に存在するVMAT2を阻害することにより、ドパミン等の神経伝達物質のシナプス前小胞への取り込みを減らし、不随意運動の発生に関わるドパミン神経系の機能を正常化させます」と記載があります。
これは果たしてどういう意味なのでしょうか。解説していきましょう。
神経終末におけるVMAT2受容体
下の図は、ドパミン神経終末の図と同じVMAT2阻害薬であるテトラベナジン(ハンチントン病の治療薬)の作用機序を示したものです。
ドパミン神経終末では、細胞でつくられたドパミンはVMAT2(小胞モノアミントランスポーター)によって小胞に取り込まれ、分解から守れれ貯蔵しています。
神経伝達の際には前シナプスからドパミンが放出され、それが後シナプスの受容体に到達して神経伝達を行います。シナプスの間隙に放出されたドパミンは、ドパミントランスポーター(DAT)によって回収され、再取り込みされます。
貯蔵された・もしくは再取り込みされたドパミンは、小胞への取り込みをつかさどるVMAT2によって貯蔵され保護されますが、VMAT2阻害薬はこの取り込みを阻害してしまいます。
すると細胞質内のドパミンは、MAO(モノアミンオキシダーゼ)によって分解代謝されてしまいます。
VMAT2阻害によってこの小胞への取り込みが阻害されると、結果的にドパミンが枯渇し、ドパミン過感受性による過剰な神経伝達を抑制できるというわけです。
参考:VMAT2阻害薬:テトラベナジン
日本において、現在のところ遅発性ジスキネジアに適応があるのはジスバル®︎だけです。
しかし、先ほども登場したように、VMAT2阻害薬は他にも存在しており、そのひとつが「テトラベナジン®️」というハンチントン病の治療薬です。
ハンチントン病は大脳基底核の細胞が変性してしまう遺伝性の疾患ですが、この病気でもジスキネジアなどの不随意運動がみられます。
多少の特性の違いはありますが、VMAT2阻害作用によって不随意運動を抑制させる効果を持つ点で、原理は似ていると言えます。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
ジスバル®️は日本に登場したばかりの新薬であり、遅発性ジスキネジアに対する新たな希望の光となることが期待されています。
今回はその作用機序について解説しました。
またジスバルと似た作用機序の薬に、ハンチントン病の治療薬が存在していたというのも少し意外な発見ではないでしょうか。
皆さんのご参考になれば幸いです。
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